十一月が終わりを告げると同時に、私たちの長く熱い観測実験は幕を閉じた。機材の一部を整理し、いよいよ撤収のときを迎える。
「やっと、今年の任務が終わった……」
張り詰めていた緊張の糸が、物理的な弛緩を始めるのを自覚すると同時に、心の底から深い安堵の溜息が漏れた。私は観測小屋の頑丈な南京錠に厳重に鍵をかけ、幾多のドラマを生んだあの小さな空間に別れを告げた。老鉄塔を振り返りつつ山を降りる私の足取りは、一ヶ月前のあの重鬱なものとは比べものにならないほど軽快であった。
山道の途中、生い茂った草むらが開けた場所からは、加賀平野からその先の日本海までが広く見渡せ、実験中には気にも留めなかった景観の美しさに改めて感激を覚えた。
無事下山し、帰途の途中に立ち寄ったとあるショッピングセンターでのことである。自動ドアをくぐり、一歩足を踏み入れた瞬間、きらびやかなイルミネーションとともに、軽快なクリスマスソングが耳に飛び込んできた。
つい数日前まで、地吹雪と漆黒の雷雲、すなわち剥き出しの自然の驚異と泥臭く対峙していたというのに、下界はすっかり華やかな祝祭の季節へと衣替えを済ませていたのだ。長いあいだ山に心を奪われ、留守を任せきりにしていた家族や子供たちの顔が唐突に脳裏に浮かび、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。技術者としての任務を終え、私はようやく一人の父親、一人の夫という「日常」へ軟着陸したのである。
しかし、下山したからといって、技術者の知的労働が終わったわけではない。
手元に残された貴重な観測データの解析という、次なる地道な職務が待っていた。三月に控える研究報告書の提出期限に向け、私は連日、あの冬の夜に天から手繰り寄せた電流波形を、パソコンの画面で覗き込むように冷徹に分析し続けた。
その成果は、三月の学会においてまずは「速報」という形で世に問い、さらにデータを精査した上で、同年八月の学会にて工学的な裏付けを持った「確定的報告」として正式に発表することとなる。数式とグラフの向こう側に、あの山小屋のストーブの熱気や、物静かな学生たちの歓声が透けて見えるような、実に濃密な解析作業であった。
そうして書類と格闘する日々を重ね、季節が春へと移り変わった五月頃。私は積雪による被害がないか、観測小屋の状況確認のために再びあの山へ登ることになった。
冬の猛威が去った奥獅子吼山は、かつての厳しさが嘘のように、穏やかな新緑の香りに包まれていた。
そして、山頂付近の開けた場所に辿り着いたとき、私の目に飛び込んできたのは、息をのむような光景であった。
そこには、山頂付近一帯に「カタクリの花」が咲き乱れていたのである。薄紫色の可憐な花弁が、春の柔らかな光を浴びて一斉に首を垂れている姿は、あの冬の荒涼とした観測拠点と同じ場所とは到底信じがたい、見事な自然の反転であった。
厳しい冬の寒さと、私たちの撃ち込んだ雷撃の衝撃をその地下茎にじっと耐え忍び、春の訪れとともに一気に生命を爆発させたカタクリの群生。その静かな生命の営みを前にしたとき、自然への深い敬意とともに、この山で過ごした激しくもあった日々のすべてが、静かに報われたような心地がしたのである。


コメント