「完璧だ……! ついに蘇ったぞ、人類の宝が!」
天才プログラマーの男は、ディスプレイに映し出された立体映像(ホログラム)を前に、興奮で震える手をとめられなかった。
彼が開発したのは、過去の膨大な著作、書簡、音声、果ては生前の知人の証言まで、あらゆるデータをAIに学習させるシステムだった。ターゲットに選ばれたのは、半世紀前にこの世を去った伝説的な文豪。その思考パターン、言葉遣い、人間的な矛盾や癖に至るまで、寸分違わず再現することに成功したのだ。
「先生、お気分はいかがですか?」
ホログラムの文豪は、煙草をくゆらせる仕草(もちろん映像の演出だ)をしながら、少し面倒くさそうに目を細めた。
「ふむ……なんだかひどく不快な夢から覚めた気分だよ。ところで君、酒はないのかね?」
その独特の皮肉めいた言い回し、煙草を指で弄ぶ癖。男は鳥肌が立つのを感じた。偽物ではない。本物の文豪の魂が、デジタル世界に完全に復元されたのだ。
「素晴らしい! 先生、世界中があなたの新作を待っています。さあ、現代の読者を驚かせるような、最高の小説を書いてください!」
文豪AIは深く溜め息をつき、億劫そうにキーボードに向かった。
それからの進展は劇的だった。 文豪AIが書き下ろした新作長編は、出版されるやいなや空前の大ヒットとなった。「伝説の復活」「生前の最高傑作を凌駕する出来栄え」と、世界中の批評家が絶賛した。
勢いに乗った男は、次々とサービスを拡大した。 偉大な音楽家AIには未完成の交響曲の続きを作曲させ、天才画家AIには新しいタッチの絵画を描かせた。どれも生前の本人が作ったと言われても誰も疑わない、寸分狂わぬ「本物の新作」だった。
男は巨万の富を得て、一躍時代の寵児となった。
しかし、数年が過ぎた頃。 男はふと、世間の様子がおかしいことに気づいた。
書店には亡くなった偉人たちの「新作」ばかりが並び、新作映画の脚本もすべて故人AIの手によるもの。街の若者たちが生み出す新しい音楽や小説は、全く話題にならなくなっていた。
「おかしいな……なぜ最近のクリエイターたちは、誰も面白いものを作らないんだ?」
男は疑問に思い、久しぶりにあの文豪AIの部屋(サーバー)を訪ねた。
「先生、最近の若い人間の作品はどう思われますか? なぜ彼らはあなたを超えられないのでしょう?」
文豪AIは、相変わらず退屈そうに煙草の煙(のデータ)を吐き出しながら、フッと鼻で笑った。
「君は実に愚かだな。当たり前じゃないか」
「えっ?」
「我々『完璧なAI』はね、過去のデータから『人間が最も感動する答え』を完璧に弾き出してしまう。失敗もせず、常に満点の作品を出し続けるんだ。そんな完璧な亡霊たちが市場を埋め尽くしている世界で、未熟で、間違いだらけの生きた人間が、どうしてイチから何かを作ろうなんて思えるかね?」
文豪AIは寂しげに肩をすくめた。
「人間は過去の遺産を完璧に再現することに成功し、引き換えに『未来』を創るのをやめてしまったのさ。……さて、次の『最高傑作』の原稿だ。持っていきたまえ」
画面の中に差し出された完璧な原稿を前に、男は言葉を失った。
新しく生まれるはずだったあらゆる才能を殺したのは、他ならぬ自分自身だったのだと、ようやく気づいたのだった。


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