スマホに見慣れないメールが届いた。
差出人のアドレスは意味不明な英数字の羅列で、ドメインも見覚えがない。件名は空欄で、本文にはたった一行、こう書かれていた。
『我々は銀河系外縁部より呼びかけている。明日午前十時二分、お前の頭上に小さな災いが降る。回避したくば赤い傘を持て』
エヌ氏は鼻で笑った。 「やれやれ、最近のフィッシング詐欺や迷惑メールも、ずいぶんと風変わりな手を使うようになったものだ。以前は『名刺の裏に当たりの番号が』とか『大富豪からの遺産相続』といったものが主流だったが、今度はSFごっこか」
彼は迷わず『迷惑メール報告』ボタンを押し、そのアドレスを永久ブロックリストに追加した。画面に「報告が完了しました」という無機質なポップアップが表示され、エヌ氏は満足げにスマホをポケットに収めた。セキュリティ意識の高い現代人としての、当然の嗜みである。
翌朝、快晴の空の下を歩いていたエヌ氏は、昨日のメールのことなどすっかり忘れていた。雲ひとつない青空を見上げ、「絶好の行楽日和だな」などと考えていたその時だった。
ペチャッ。
冷たい感触とともに、不快な衝撃が頭頂部を襲った。上空を飛んでいた一羽の鳩が、見事な精度で糞を落としていったのだ。スーツの肩にまで垂れてくる汚物をハンカチで拭いながら、エヌ氏は怒りに震えた。そしてふと、昨日のメールの言葉を思い出した。
「まさか……いや、単なる偶然だ。あのメールは適当な予言をバラまいて、当たったら何かを買わせる霊感商法のようなものに決まっている」
エヌ氏は自分の理性を誇り、それ以上深く考えるのをやめた。スマホの「迷惑メールフォルダ」には、その後も数分おきに新しいメールが届き続けていたが、自動フィルターが優秀だったため、エヌ氏の視界に入ることは二度となかった。
その頃、地球の衛星軌道上に静かに静止していた巨大な宇宙船の中では、通信担当の宇宙人が頭を抱えていた。
「隊長、だめです。地球言語の完全解析に成功し、全人類に向けて緊急の回避信号を送信し続けているのですが、すべて『セキュリティ・プロトコル』という謎の防壁にはじかれてしまいます。受信すら拒否されている状態です」
隊長と呼ばれた高次元生命体は、モニターに映る地球の青い姿を冷ややかに見つめた。
「やむを得ん。危機回避の警告すら『スパム』と判断して拒絶するほど、かの文明の防衛システムは歪んでいるのだな。自らの知性に溺れ、外部からの救いの手に耳を傾けぬ種族に、これ以上の干渉は無用だ。予定通り、星系浄化光線を発射せよ」
「了解しました。発射準備に入ります」
地球が眩い光の泡となって宇宙の塵に消え去るその最後の瞬間まで、エヌ氏のスマホの画面裏では、『地球消滅まであと三分』『直ちに地下へ避難せよ』という数百通の緊急メッセージが、静かに「迷惑メールフォルダ」へと自動分類され続けていた。
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