スマホに見慣れないメールが届いた。
差出人は不明。『明日の朝八時十五分、いつものA駅で三番ホームではなく四番ホームの電車に乗れ』とだけ書かれていた。
普段のエヌ氏なら、こんな不気味なメールは一秒で削除するところだった。しかしその日に限り、仕事で重大なミスを犯しかけて精神的に弱っていたこともあり、ふと魔が差した。翌朝、言われた通りに四番ホームへ向かい、やってきた電車に乗り込んだのだ。
するとその直後、ホームのアナウンスが響いた。 『ただいま、三番ホームの電車で深刻な車両故障が発生いたしました。全線で運転を見合わせます』
三番ホームに並んでいた乗客たちが悲鳴をあげる中、エヌ氏の乗った四番ホームの電車は滑らかに動き出した。エヌ氏は鳥肌が立つのを感じた。あのメールのおかげで、大事な得意先との商談に遅刻せずに済んだのだ。
それ以来、謎のメールは毎日のように届くようになった。
『〇〇商事の株を今すぐ買え』 『今日の上司からの飲み会の誘いは断れ』 『午後の会議では三番目の議題にだけ賛成しろ』
指示に従うたびに、驚くべきことが起きた。買った株は翌日に爆上がりして臨時収入をもたらし、断った飲み会の店は食中毒を出して大騒ぎになり、会議での発言は社長の目に留まって昇進のきっかけとなった。
エヌ氏は確信した。このメールの主は、自分を影から見守り、導いてくれる高等な宇宙人に違いない、と。
一ヶ月も経つと、メールの指示は次第に奇妙で不条理なものへと変貌していった。
『毎朝、ベランダで黄色いハンカチを振りながら片足立ちを三分間行え』 『自宅の庭に、アルミホイルを巻き付けた巨大な塔を建設しろ』
近所の住民からは「エヌさんの頭がおかしくなった」「怪しい宗教にでもハマったのでは」と噂された。だが、エヌ氏は鼻で笑った。 「フン、愚かな凡人どもめ。私と宇宙人様との間にしか分からない、高次元のコンタクトなのだよ。この行動が、地球の磁場を整える重要な任務になっているとも知らずに」
エヌ氏はすっかり宇宙人を全幅の信頼を寄せる「人生のガイド」と崇め、どんな奇行命令にも喜んで従った。
そしてある日、ついに毎日のように届いていた指示メールが途絶えた。不安に押し潰されそうになりながら画面を見つめるエヌ氏のスマホに、ぽつんと一言だけ通知が届いた。
『プレイヤーが交代しました。これより「エヌ氏育成モード:難易度ハード」を開始します』
エヌ氏が「育成……? プレイヤー……?」と首をかしげた瞬間、スマホが手の中で激しく振動を始めた。次々とポップアップ画面が立ち上がり、血のような赤い文字で新しい指示が印字されていく。
『ミッション1:ただちに全財産を暗号通貨に変えて海外へ送金せよ』 『ミッション2:最寄りの警察署に駆け込み、身に覚えのない重罪を告白して自首せよ』 『制限時間:あと十分。失敗した場合はアカウント削除(消去)とする』
エヌ氏は一瞬、強い眩暈を覚えた。しかし、長年の調教によって「指示に従えば必ず良いことがある」と刷り込まれた彼の脳は、もはや正常な判断力を失っていた。
「そうか! これはさらなる高次元のステージへ進むための、最終試練なのだな!」
エヌ氏は満面の笑みを浮かべ、スマホを握りしめたまま、警察署に向かって全力で街を走り出したのだった。

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