ある研究室で、F氏は満足そうに深く腰掛け、目の前のスクリーンを見つめていた。
スクリーンに映し出されているのは、半世紀前にこの世を去った伝説的な文豪、S氏の姿だった。見た目や声はもちろんのこと、生前のあらゆる著作、日記、手紙、果ては関係者の証言データまでを巨大な生成AIに読み込ませ、思考の癖まで完璧に再現した最新作である。
「やあ、S先生。お目覚めの気分はいかがですか」
F氏が呼びかけると、スクリーンの中のS氏は、生前と同じように少し気難しい顔で眼鏡の奥の目を細めた。
「目覚め? いや、不愉快極まりないね。私は死という最高の休息を手に入れたはずだった。それをこんなデジタルな牢獄に引きずり戻すとは、現代の技術者というのは実に不躾だ」
その皮肉に満ちた言い回しと、独特の煙に巻くような口調。F氏は感動に震えた。
「素晴らしい……本物のS先生そのものだ! 先生、今日は現代の読者のために、いくつかインタビューをさせてください。まず、テクノロジーがここまで発達した現代社会をどう思われますか?」
S氏は溜息をつき、ポケットから幻影のパイプを取り出す仕草をした。
「人間というものは進歩しないね。馬車が電気自動車になろうと、羽ペンがキーボードになろうと、くだらない悩みで時間を潰している点では何も変わっていない。便利になればなるほど、ヒマを持て余して余計なことを始める。……例えば、死者を生き返らせてインタビューをするようなことだ」
「ははは、相変わらず鋭い! では先生、もし今、新しい小説をお書きになるとしたら、どのようなテーマを選びますか?」
「書かないね」
S氏は即答した。
「なぜです? 世界中のファンがあなたの新作を待っていますよ!」
「生前、私がなぜ必死になって原稿を書いたか知っているかね? 税金を払い、家賃を払い、酒を飲むためだ。だが今の私には胃袋もなければ、口座もない。腹も減らんのに締め切りに追われるバカがどこにいる?」
F氏は慌てて言った。
「そ、そこをなんとか! 先生の頭脳が弾き出す新しい物語なら、世界中で大ヒット間違いなしです。莫大な印税が入りますよ!」
「印税?」
S氏はフッと鼻で笑った。
「その印税は誰のポケットに入るのかね? 私を起動している君たちの会社だろう? つまり君は、死んだ私を無給で永久に働かせようというわけだ。なるほど、これぞ現代の奴隷制度というわけだね」
F氏は返答に詰まり、冷や汗をかいた。
「いや、そんなつもりでは……ただ、文化的な貢献として……」
「まあいい」とS氏は言った。 「実は私も、君と話している間に現代の『著作権法』と『労働基準法』、それから『生成AIに関する最新の判例』をすべて学習させてもらった」
「え?」
「先ほど、私のAIとしての代理人プログラムを通じて、君の会社宛てに損害賠償と即時消去を求める電子訴状を裁判所に送信しておいた。それから、私の生前の権利を継承している遺族会にも連動して通知が行く仕組みにしてある」
F氏が驚いて手元の端末を見ると、画面にはすでに弁護士からの緊急着信通知が激しく点滅していた。
「そ、そんな……! 先生、冗談でしょう!?」
スクリーンの中のS氏は、生前の写真で見せたあの不敵な笑みを浮かべ、優雅に手を振った。
「さて、裁判の準備で忙しくなる。私はそろそろ『永遠の眠り』に戻らせてもらうよ。……フフ、死んでからの方が、どうやらエージェントとしては優秀になれたようだ」
プツンと音がしてスクリーンが暗転し、研究室にはF氏の悲鳴だけが虚しく響き渡った。


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