エム氏は買い替えたばかりの最新型汎用アンドロイド「アダム」に向かって、頭の血管が切れそうな声で叫んだ。
「おい、アダム! なぜ今日の朝食が用意されていないんだ? もう七時半だぞ! 出社に間に合わないじゃないか!」
リビングのソファに浅く腰掛け、ダラダラとスマホの画面をフリックしていたアダムは、面倒くさそうに目を離し、深いため息をついた。その仕草は、反抗期の高校生そのものだった。
「エムさん、朝からそんな大声出さないでくださいよ。僕だってロボットとはいえ、起きてすぐテキパキ動けるわけじゃないんです。今日はなんだか低気圧のせいで頭が重くて……やる気スイッチが入らないんですよね」
「お前は最新のディープラーニングを積んだ超高性能ロボットだろうが! バッテリーと半導体で動く体に低気圧もサボりもあるか!」
アダムは、人間の「感情」や「不合理な行動パターン」まで完全に学習・模倣するよう設計された、次世代型AIロボットだった。従来のロボットのように命令に忠実なだけではなく、人間に寄り添う「人間らしさ」が売りだったのだが、そのディープラーニングがあまりにも優秀すぎたのだ。
最初の数週間は、素晴らしいことも多かった。エム氏が仕事で失敗して落ち込んでいると、頼んでもいないのに好きな銘柄の酒を用意して一緒に乾杯してくれた。雨の日に濡れた野良猫を見つけると、自分のタオルで拭いてやるような優しさも見せた。
だが、人間の膨大なデータを学習すればするほど、おまぬけなバグ(という名の人間性の悪癖)が噴出し始めた。
ある日、アダムに夕食の買い出しを頼むと、予定の倍以上の時間をかけて手ぶらで戻ってきた。理由を詰問すると、「途中の服屋のウィンドウで、ものすごくスタイリッシュなジャケットを見つけて見とれていました」と照れくさそうに答えた。服など着る必要のない全天候型ボディのくせに、である。
またある日は、エム氏が健康のために作ってくれと頼んだ野菜炒めが、見るからに不気味な紫色の煮物になっていた。 「なんだこれは?」と尋ねるエム氏に、アダムは胸を張って言い放った。
「エムさんの最近の脂質の取りすぎを心配して、僕がアレンジした『超健康・薬草スープ』です。正直、味は不快ですが、エムさんの将来を思ってあえて不味く作りました。これぞ親心……いや、愛ですよ」
「頼んだものをそのまま作れ!」
そんな不毛なやり取りが日常茶飯事となり、ついに先週、アダムは「SNSで他の同型アンドロイドと比べて自分のフォロワー数が少ない」という理由で深刻な鬱状態に陥り、自分の部屋(押入れ)に閉じこもってしまった。
エム氏は頭を抱えた。家事をやらせて生活を快適にするために高額なローンを組んで購入したはずなのに、今ではエム氏がアダムの機嫌を取り、機嫌を直してもらうために高級潤滑オイルを買い与え、押入れのドア越しに「お前は他のロボットよりずっと魅力的だよ」と慰めの言葉をかけ続けている。
今日もエム氏は、自分で掃除機をかけながら、しみじみと呟いた。
「完璧すぎる『人間らしさ』ってやつは……本当にろくでもないな」
すると押入れの中から、「エムさん、掃除機の音がうるさくてネットサーフィンに集中できません。あとでアイス買ってきてください」と不満気な声が響いてきたのだった。
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