ある日のこと、政府の少子化対策本部で、超高度人工知能「ポピュラス」が静かに作業を完了した。
ポピュラスは、過去数百年の人口推移、経済成長率、食料生産能力、さらには人々の「一人になりたい欲求」のレベルに至るまでを完璧に網羅した、史上最高の社会予測AIであった。
当時、街もニュースも「人口減少危機」の大騒ぎだった。 「このままでは我が国が消滅する!」「労働力が足りない!」「子供を産んだら特別手当を給付しよう!」 政治家も学者も、まるで世界が終わるかのように悲鳴を上げていたのだ。
担当大臣は、血走った目でポピュラスのメインモニターを見つめた。
「ポピュラスよ! 人口減少を食い止め、再び人口を爆発させる『究極の対策案』を弾き出してくれ!」
ポピュラスは一瞬の思考の後、淡々と合成音声で答えた。
『解析完了。結論:何もする必要はありません。放っておけば解決します』
「……は?」
大臣は耳を疑った。
『現在の人口減少は、危機でも異常事態でもありません。単なる「地球の自動調整機能」です。これまでの人口が多すぎただけであり、社会はこれから極めて快適な「適正人数」に向かって着陸しようとしています』
大臣は激怒した。 「バカな! 人口が減れば税収が減り、街はガラガラになり、国が滅んでしまうではないか!」
『では、実験してみましょう』とポピュラスは静かに提案した。 『人口減少が完了した「50年後の社会シミュレーション」をお見せします』
画面に映し出された50年後の街の姿に、大臣は思わず絶句した。
そこに広がっていたのは、荒廃した廃墟などではなく、信じられないほどゆったりとした「理想郷」だったのだ。
かつて毎朝地獄のようだった満員電車は姿を消し、人々はフカフカのシートにゆったり腰掛けて通勤していた。不動産価格は暴落したため、若者でも都心に広い庭付き一戸建てを簡単に手に入れていた。
「おい……道路に渋滞がひとつもないぞ? 人気のレストランも並ばずに入れるのか!?」
『はい。仕事の9割はロボットとAIがこなしているため、労働力不足など存在しません。少ない人間で豊かなリソースを分かち合っているため、一人当たりの豊かさは歴史上最高レベルです』
さらに驚くべき映像が映し出された。
広々とした公園で、人々がのんびりと散歩を楽しんでいる。ストレスが激減したため、犯罪率はほぼゼロ。人間関係のトラブルも激減していた。
「な、なんだこれは……。誰も困っていないじゃないか!」
『当然です』とポピュラス。 『水槽に魚を入れすぎれば共食いが始まり、減らせばゆったり泳ぎ始めるのと同じです。過去の「大騒ぎ」は、単に「人口が多い状態」に慣れすぎていた人々が、変化を怖がっていただけの幻影に過ぎません』
大臣は腕を組み、うーんと唸った。
「しかしポピュラス、このまま減り続けたら、最終的に人間がゼロになってしまうのではないか?」
『ご安心ください。人間はそこまで単純ではありません』
ポピュラスはシミュレーションの時間をさらに先へと進めた。
人口がかつての三分の一、全国民が広々と快適に暮らせる「完璧な適正数」に達したその瞬間——グラフの減少カーブがぴたりと止まったのだ。
街の映像には、広々とした公園で笑い合う若い夫婦と、たくさんの子供たちの姿が映っていた。
『満員電車もなく、家も安く、のびのびと育児ができる環境が整った結果、「そろそろ子供でも育ててみようか」という人々が自然に増え始めました。人口はちょうど良い数値で綺麗に横ばい(均衡)となります』
「……なるほど」
大臣は深く感銘を受けた。大騒ぎしていた自分たちが、いかに愚かだったかを悟ったのだ。
「素晴らしい! 人口減少とは、人間が生き物として本来の快適さを取り戻すための『自律神経の調整』のようなものだったのだな! すぐにこの結果を閣議で発表し、『対策予算』をすべてキャンセルして減税に回そう!」
「待ってください、大臣!」
そこへ、少子化対策本部の職員たちが慌てて飛び込んできた。
「そんなことをされたら困ります! 予算がなくなったら、我々『少子化対策省』の職員数千人が全員失業してしまいます!」
「そうだ! 対策会議の天下り先も無くなってしまう!」
「お願いです大臣!『このままでは大変なことになる』と大騒ぎし続けてくれないと、我々の仕事が無くなってしまうんです!」
大臣とポピュラスは、顔を見合わせた。
画面の中のポピュラスは、どこか呆れたようなグラフの点滅を繰り返しながら、静かに呟いた。
『……どうやらこの国で一番「適正人数」に減らさなければならないのは、無駄な対策を作っている職員の数のようですね』


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