第六章 山小屋の食料危機と肉の差し入れ

奥獅子吼山の山頂に籠る生活が2週間を過ぎる頃になると、観測小屋の内部には、一種独特な雰囲気が生じ始めていた。いわゆる「食糧危機」による、大学の学生たちの心理的荒廃である。

彼らは1ヶ月間という長丁場を、5〜6名のローテーションとはいえ、常に数名が山頂に張り付いて過ごしている。下界から持ち込める食材には当然ながら限界があり、日を追うごとに食卓の彩りは失われていった。連日のメニューは、保存の効くインスタントラーメン、レトルトカレー、ストーブの上で焼かれる味気ない餅。炭水化物とナトリウムのみに偏ったその食事は、血気盛んな二十代の学生たちの肉体から、みるみるうちに健やかな活力を奪っていった。

研究室の学生さんたちというのは、どちらかといえば普段はおとなしく、物静かで知的な若者たちであった。それだけに、ストーブを囲む彼らの姿には、元気がなく、どこか倦怠感が漂っていた。大自然の驚異に挑む高邁な若き科学徒たちも、栄養学的な栄養素の偏りの前には、ただ「新鮮なタンパク質」を心から渇望せざるを得なかったのである。

そんな、小屋全体が目に見えない閉塞感に瀕していたある日のこと。

下界での気象監視を終え、数日ぶりに上山してきた私のリュックの中には、下界のスーパーで調達した、これ以上ない最高級の極秘物資が詰まっていた。

「皆さん、肉を持ってきましたよ」

私がリュックのジッパーを開け、パックに詰められた大量 of 豚肉と牛肉を取り出した瞬間、小屋の空気の分子運動が、文字通り劇的に変化した。

それまでストーブの脇で静かにうつむいていた学生たちの視線が、一斉に私の手元へと一極集中したのである。彼らのおとなしい瞳の中に、一瞬にしてぱっと喜びの灯が点った。物理学や工学の講義では決して見せることのない、じつに素直で、生き生きとした輝きがそこにはあった。

すぐさま小屋の中で、臨時の肉焼き作戦が敢行された。

ストーブの熱で鉄板が熱せられ、肉が触れた瞬間にジュウという、脳を直接刺激する快音があたりに響き渡る。香ばしい脂の香りが薄暗い小屋の中に立ち込めると、学生たちからは「おおっ……!」という、抑えきれない歓声が上がった。

「肉だ……本物の肉だ……!」

彼らは普段の控えめな態度もどこへやら、本当に嬉しそうに、美味しそうに肉を口へと運び、胃袋へと収めていった。その様子は、寺田寅彦風に観察すれば「生命維持におけるアミノ酸補給の熱狂的プロセス」であり、ドクトルマンボウ風にいえば「飢えた北極探検隊が奇跡の救命艇に遭遇した瞬間」のようでもあった。さっきまでのどんよりとした陰鬱な空気はどこへやら、肉の一片が口に運ばれるたびに、彼らの顔には生気が満ち、小屋の中はドッと温かい活気と笑い声で満たされていった。

自然を相手にする観測実験において、最も重要なのは精密な計測機器の整備であるが、それを動かす「人間の精神の整備」もまた、等しく重要である。私が下界から一人で運んだ数キロの肉は、データシートには決して記録されないが、間違いなくあの過酷な冬の実験を最後まで支え抜いた、最も偉大なエネルギー源であった。あの夜の学生たちの、おとなしい顔に浮かんだ最高の笑顔を、私は今でも忘れることができない。

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