今となっては遥か昔の出来事であるが、私は石川県の冬山において、雷を対象としたある観測実験に携わっていた。おそらく、当時の記憶を今に保持している人間は、世間にはもうほとんど残っていないのではないかと思う。私自身が60代後半になり、あの特異な日々がこのまま歴史の塵に埋もれてしまうのは、いささか寂しいことであると感じるようになった。そこで、ここにささやかな記録を書き留めておく次第である。
当時、私は一企業に籍を置く技術者として、その壮大な産学共同プロジェクトの末席に身を置いていた。
舞台は石川県。手取川の運んできた砂礫が形成した広大な扇状地。そこを吹き抜けた鋭い冬季の季節風は、山肌の斜面に沿って一気に収束し、強力な上昇気流へと変換される。その山頂付近に、送電線としての現役の役目を終え、ただ静かに佇む赤茶色に錆びついた一基の鉄塔があった。
そこが、私たちの観測の拠点であった。
目的は、冬季雷(とうきらい)の物理的解明、電力インフラの雷害対策、そして「ロケット誘雷」と呼ばれる実験である。
大学の先生、真面目な学生たち、あるいは民間の技術者。目的を同じくする私たちは、時には吹きすさぶ地吹雪のなか、感覚の消えかけた指先で精密な観測機器を調整し、ただじっと空の動向を睨みつけていた。
一般に「雷」といえば、夏の夕立とともにやってくる激しい雷雨を想像される方が多いであろう。しかし、日本海側の冬に発生する「冬季雷」は、物理的性質が夏のそれとは根底から異なる。
夏雷が数キロメートルの上空から一瞬にして電荷を放電するのに対し、冬の雷雲は地表すれすれ、わずか数百メートルの低空にまで垂れ込める。そしてひとたび閃光が走れば、夏雷の数百倍にも及ぶ凄まじい電荷量が、文字通り大地を打つ。工学の教科書に並ぶ静的な数式では到底計りきれない、圧倒的な動的エネルギーの塊。それこそが冬季雷という、異形の自然現象であった。
私たちは、その自然の驚異をただ受動的に待つのではなく、細いワイヤーを繋いだ小型ロケットを雲に向かって垂直に打ち込み、自らの手で雷を「引きずり下ろす」という、極めて大胆不敵な試みに挑んでいた。
実験の記憶は、今でも私の脳裏に鮮明な波形として焼き付いている。
気圧配置の急変を告げる地上電界計の針の振れ、無線機から流れる緊迫した声、ロケットが点火された瞬間の、雪煙を切り裂く金属音。そして、すべてを真っ白に染め上げる閃光と、一瞬遅れて、鼓膜ではなく内臓を激しく揺さぶる轟音――。
あれから30年以上の歳月が流れた。しかし、あの老鉄塔の上で、自然の驚異と人間の知性が真っ向から衝突した瞬間の高揚感と、その直後に訪れる静寂の美しさは、無機質な数値データには決して残らない。
これは、一人のエンジニアの記憶の底にある、あの熱い冬の記録である。データシートの行間にある、当時の研究者たちのリアルな息遣いを、これから少しずつ紹介していきたい。


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