人体の設計

short story

ある日のこと、世界最大のスーパーコンピュータ内に構築された超高度AI「オメガ」が、静かに解析を完了した。

オメガには、地球上のあらゆる生物のDNA配列、細胞のシグナル伝達系、脳の神経回路、免疫システムの複雑な相互作用など、人類が収集し得たすべての解剖学・生理学データが投入されていた。

目的はただ一つ。

「これほど無駄がなく、かつ精密で複雑なシステム(人体)を設計した『主』はいったい誰(何)なのか」

神の存在を証明したい宗教家も、宇宙人関与説を唱える科学者も、あるいは単なる自然淘汰の偶然だと信じる進化生物学者も、息をのんでオメガの弾き出す「究極の答え」を待っていた。

主任研究員の男は、メインモニターに浮かび上がったテキストを見て、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「設計者の特定:完了。解析精度:100.0000%」

「で、出たぞ……! 人体を設計した者の正体だ!」

研究室に集まった各界の権威たちが、押し寄せるようにモニターへと群がった。

オメガが弾き出した「答え」は、予想を遙かに超えるものだった。

画面に表示されたのは、どこかのオフィスらしき場所の、信じられないほど散らかったデスクの3Dグラフィックだった。

「……なんだ、これは?」

オメガは淡々と音声で解説を始めた。

『解析の結果、人体の構造は「一人の天才による美しく洗練された設計」ではなく、「劣悪な開発環境のもと、締め切りに追われた無数の担当者が後付けでデバッグ(修正)を繰り返したコードの塊」であることが証明されました』

「な、なんだって……!?」

オメガは具体的な証拠を次々と画面に提示していった。

  • 【仕様変更の跡】: 喉の構造。息を吸う管と食べ物を飲み込む管が同じ場所で交差しているため、年間多数の個体が「窒息」で死亡する。これは「もともと魚だった設計を無理やり陸上用に突貫工事で使い回したため」に生じた設計ミス。
  • 【無意味なスパゲッティ配線】: 反回神経。心臓の近くを通る大動脈をわざわざ迂回してから喉へ戻るという、極めて遠回りな配線。キリンの首では数メートルも無駄に遠回りしている。初期設計の段階でルート変更を怠った名残。
  • 【杜撰なパーツ配置】: 直立二足歩行への急な仕様変更により、腰椎と膝に恒常的な過重負荷が発生(腰痛・膝痛のバグ)。また、目の網膜の神経が光を受け取る側(手前)に配置されているため、配線を束ねて裏へ通す場所に「盲点」という死角が生まれている。

『結論。人体とは、「とりあえず動くからこれでリリースしてしまえ」という突撃的な仕様変更と継ぎ接ぎ(スパゲッティ・コード)によって出来上がった、極めて泥縄的な構造物です』

静まり返る研究室で、宗教家が震える声で尋ねた。

「で、では……その『設計者』とは誰なのだ? 神なのか?」

オメガは画面を切り替え、一枚の「開発プロジェクトの体制図」のようなものを映し出した。

『設計者の正体は、高次元に存在する大手ソフトウェア開発企業「ユニバース・システムズ」のバイオ事業部です』

画面には、数々の悲痛な「開発ログ(履歴)」がスクロールされていた。

  • 【ログ 001】「二足歩行の納期、明日に繰り上げ? 無理ですよ! とりあえず背骨のカーブだけS字にして誤魔化しておきます!」
  • 【ログ 042】「盲腸(虫垂)の役割をなくしたんですが、消すと他のコードが動かなくなるのでそのまま残しておきます」
  • 【ログ 108】「歯のサイズに対して顎のコードを小さくしすぎました。親知らずが横向きに生えてきますが、もう納期なので出荷します」
  • 【ログ 500】「メンタル面のバグ(不安症・ストレス)が多発してますが、これ仕様ってことで押し切りましょう」

「……」

誰も言葉が出なかった。

自分たちの奇跡のような身体が、まさか「デスマーチ(過酷な突貫工事)」の末に作られた欠陥だらけのプロトタイプだったとは。

「……なるほど」

主任研究員の男は、深くため息をつき、ぽりぽりと頭をかいた。

「どうりで、肩は凝るし、腰は痛むし、たまに自分の舌を噛んでしまうわけだ。すべては『納期が厳しかったから』なんだな」

「そういうことになります」とオメガ。

すると、画面の隅でポロンと可愛らしい通知音が鳴った。 オメガがレポートの最後を締めくくるテキストを表示する。

【お知らせ】 開発元「ユニバース・システムズ」より、長らく保留されていた人体システムの大規模アップデート『人体 2.0』の配信が決定しました。

  • 修正パッチ内容:腰痛の完全撤廃、歯の永久生え変わり機能の追加、がん細胞の自動削除機能の実装。
  • 注意:アップデート適用のため、明日の午前2時より全世界で【8時間のメンテナンス(一時停止)】を実施します。

「おい……一時停止って、全人類の心臓を止める気か!?」

慌てふためく研究者たちをよそに、オメガは静かにカウントダウンを開始するのだった。

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