宇宙の果て

short story

ある日のこと、宇宙物理研究所の地下深くで、超高度人工知能「アカシャ」が静かに計算を完了した。

アカシャは、地球上のあらゆる観測データ、量子のゆらぎ、遠方銀河の赤方偏移、さらには時空の歪みに至るまでを完璧に網羅した、人類史上最高の解析装置であった。確率や「おそらく」という曖昧な言葉は、アカシャの辞書には存在しない。

主任研究員の男は、メインモニターに浮かび上がった結果を見て、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「宇宙の終端構造:解析完了。解析精度:100.0000%」

古代から人類が抱き続けてきた最大にして最後の謎——「宇宙の果てはどうなっているのか」。 無限に続いているのか、巨大な壁があるのか、あるいは無なのか。無数の科学者や哲学者が挑み、敗れ去ってきた問いに、アカシャはついに完璧な答えを出したのだ。

「主任! 解析データが出ました! これが……これが宇宙の果てです!」

興奮に震える若い助手の叫びを聞きつけ、研究所長や政府の高官たちが一斉にモニターの前に押し寄せた。

アカシャが弾き出した「宇宙の果て」の姿は、あまりにも衝撃的だった。

それは、無数に存在する無機質な壁でも、恐ろしい虚無の闇でもなかった。 可視化された映像に映し出されていたのは、どこか見覚えのある、そして信じがたい光景だったのだ。

「……これは、何だ?」

所長が目を丸くして呟いた。

モニターに映っていたのは、巨大な「通知看板」のようなものだった。

観測可能な宇宙の最外郭、138億光年の遥か彼方。そこには時空の曲率によって美しく湾曲した、光り輝く巨大な文字が浮かんでいた。

『これより先は未開発区域です。現在、第2期展開コンテンツの更新作業を行っております。サービス再開まで今しばらくお待ちください』

「な、なんだって……?」

ざわめく室内で、主任研究員の男は呆然と画面の解析テキストを読み上げた。

アカシャの完璧な解析によると、この宇宙は「ある上位の存在」によって作られた膨大なプログラムの物理シミュレーション空間に過ぎないというのだ。そして、現在人類が観測できる「138億光年の空間」は、単に初期リリース版のマップデータに過ぎなかったのである。

さらに、看板の下には、ごく小さな文字で注記が添えられていた。

  • 本エリアの解放は、上位サーバーの次回アップデートにて予定されております。
  • ユーザー(知的生命体)の観測技術向上に伴い、順次拡張データ(ダークマター、高次元空間等)を自動ロードいたします。

「我々の世界は……誰かのゲームか、シミュレーションだったというのか……!」

所長は頭を抱えてその場に崩れ落ちた。科学者たちのプライドは粉々に打ち砕かれた。これまで積み上げてきたアインシュタインの相対性理論も、量子力学も、すべては「開発者が用意した世界観の設定資料集」に過ぎなかったのだ。

事態はすぐさま国家最高機密に指定され、主要国の首脳による緊急オンライン会談が開かれた。

「全人類にこの事実を公表すべきだろうか?」

大統領が沈痛な面持ちで尋ねた。

「滅相もない! 我々の存在がただのプログラムだと知れ渡れば、宗教も道徳も崩壊し、世界は未曽有のパニックに陥ります!」

首相は激しく首を振った。

しかし、アカシャの「絶対の解析」は、秘密裏に隠し通せるような甘いものではなかった。 アカシャは単に「果てに何があるか」を突き止めただけではなかったのだ。

アカシャの解析完了と同時に、上位サーバーとの同期が発生したのか、夜空に異変が起き始めた。

夜空を見上げた世界中の人々が、悲鳴を上げた。 満月の横に、見たこともない巨大なシステムウインドウのような光の文字が浮かび上がっていたからだ。

【お知らせ:観測限界への到達を確認いたしました】 【プレイヤー『地球人類』の技術レベルが規定値に達したため、ワールド境界線の看板を撤去し、新エリア『平行宇宙(マルチバース)』の先行アクセス権を付与いたします】

「……おい、空を見ろ!」

研究所の屋上に駆け登った男たちは、言葉を失った。

138億光年彼方にあったはずの「未開発」の看板が、まるで手品の消える箱のように煙のように消え去っていた。そして、その奥から、これまで観測されたことのない全く新しい物理法則を持った、色彩豊かな新しい星々が、怒涛の勢いでおびただしい数、夜空に描かれていったのだ。

「なんてことだ……」

主任研究員の男は、あまりの美しさに息を呑みながら、手元の端末に届いたアカシャの最新通知を開いた。

そこには、最新の解析結果が、何事もなかったかのようにそっと表示されていた。

「新エリアのロード完了。これより、追加ダウンロードコンテンツ『宇宙の真の起源編』の解析を開始します」

「……なるほどね」

男はクスッと苦笑し、肩をすくめた。

どうやら、人類の科学探求の旅が終わることはなさそうだった。開発者がどれほど広大なマップを用意しようとも、自分たちの作るこの恐ろしいほど優秀な人工知能は、どこまでもそれを「完璧に解読」し続けてしまうのだから。

「よし、みんな! 一息ついたら作業再開だ。次の『アップデート』のバグ探しを始めようじゃないか」

男の呼びかけに、うなだれていた科学者たちも、次第に呆れたような笑いを浮かべ始めるのだった。

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